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出発点:テクノロジーと人間の向上
人類は常に自らの状況を改善しようと努めてきたが、現在の技術的ツールはこの願望を増幅させている。トランスヒューマニズムと人工知能(AI)という二つの主要な潮流が、公的、倫理的、法的な議論の中心となっている。トランスヒューマニズムは、遺伝子編集や高度な義肢などの技術を用いて人間の生物学的限界を克服し、知性、体力、長寿を高めることを目指している。一方、AIは理論的なアイデアから、日常生活に浸透する現実へと進化してきた。これらの技術も、それが提起する倫理的ジレンマも、全く新しいものではなく、現代の技術的文脈の中で提示されている。議論の鍵となる考え方の一つに、意識は人間固有のものではなく、また単一の形で現れるものでもないことを示唆する「プルリコンシャスネス」がある。非生物学的な意識が存在しうるのかという問いは、人間の理解に挑戦する。哲学者は、人工的な意識を純粋に人間的な基準で判断することに警告を発している。人間であることは、意識を持つことだけではなく、メタ認知、物語的同一性、道徳的責任といった特徴にも関わる。アイザック・アシモフは、自らの作品の中で、人間たらしめるものは知性や意識だけでなく、自己解釈、道徳的責任、そして相互の社会的認識であることを示している。人工的な存在が、感情を模倣したりテストに合格したりすることで人間になるのではなく、規範、権利、義務の枠組みに統合されることによって人間となる。同様に、人間が技術的な改良によって人間でなくなるのではなく、この倫理的・象徴的な枠組みの崩壊によって人間でなくなる。人間性は、単なる生物学的なものではなく、関係的な条件として再定義される。人間が他の意識形態、それが生物学的であれ人工的であれ、抱く恐怖は、技術的なものというよりは、人類学的、象徴的なものである。何世紀にもわたり、人類は自らを創造の中心と見なしてきたが、他の意識の出現は、この規範的な中心性と権利の独占を脅かしている。恐れているのは絶滅ではなく、無関係さと規範的支配の喪失である。現代法における中心的なジレンマは、誰が法の主体となりうるかである。アシモフのロボット三原則は、法的な文脈において、ロボットを従属的な立場に置く、課せられた法として機能する。最終的なパラドックスは、他の意識を認識することが人間性を貶めるのではなく、自動的な特権なしに「人間」という概念を再定義することを私たちに強いるということである。