香港の万仏『寺院』
萬佛寺という名称は、実際には12,000体以上の仏像が存在するため、その数を著しく少なく見せており、誤解を招く名称です。また、技術的には僧侶が敷地内に住んでおらず、寺院の維持管理を行っていないため、これも誤称です。代わりに、信徒のチームがこの仏教寺院複合施設の日常業務を担当しています。1948年に、パイタウの小さな村とその農地を見下ろす竹林の丘陵地帯で、起工と建設が始まりました。1957年の完成は、丘の麓の未使用の土地に建てられた沙田墟(シャティンハイ)として知られる市場町の新設と重なりました。この町は1970年代後半まで存在し、沙田新市鎮(シャティンニュータウン)開発のために取り壊されました。敷地全体は、5つの寺院、4つのパビリオン、1つの回廊、そして9階建ての塔からなり、8ヘクタールに広がっています。展示されている神々の像は数多く、また、寺院の創設者である月溪(ユエット・カイ)の金で覆われた遺体も安置されています。遺体は埋葬から8年後に掘り起こされたものです。農地はとうの昔に開発され、萬佛寺は現在、沙田町の都市の広がりを見下ろし、その端に静かな聖域を提供しています。坂を上る道は、コンクリートの道の両側に、それぞれユニークなポーズをとった500体の等身大の金色の羅漢像が並んでいます。グラスファイバー製で明るい金色に塗られた羅漢像は、雲南省と広東省の芸術家たちの作品であり、参拝者が寺院へと続く急な坂道を登るにつれて、静けさと精神性の雰囲気を醸し出しています。