伝説によると、9世紀に、侍戦士藤原秀郷が、瀬田の唐橋で巨大な百足を弓矢で倒したという。数世紀後、秀郷の後裔で大名の南部利直の妻となったお竹が、秀郷が怪物を倒した矢の先端を嫁入り道具として夫に与えたが、彼女が何を引き起こすかを知らなかった。
お竹が亡くなると、呪いが現れるようになった。まず、彼女の体に百足のような青あざが突然現れた。利直は彼女の墓を水で囲むように命じたが、百足は水を怖れると信じられていたため、墓の上に橋を架けるたびに、巨大な百足が現れてそれを破壊した。やがて、大小さまざまな百足が墓から這い出て、お竹の髪が片目蛇に変化した。
この超自然的な出来事のため、お竹は「百足姫」と呼ばれるようになった。現在、百足姫の墓は、興福寺の墓地と現代の駐車場の間に、異様な存在感を維持している。この伝説は状況が解決された方法を述べていないため、訪れる際は、巨大な百足の再出現に注意が必要かもしれない。
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Grave of Princess Centipede in Morioka, Japan
